2008年01月18日

アスペルガー症候群

アスペルガー症候群(あすぺるがーしょうこうぐん、Asperger syndrome: AS)は発達障害の一種であり、一般的には「知的障害がない自閉症」とされている。精神医学において頻用されるアメリカ精神医学会の診断基準 (DSM-IV-TR) ではアスペルガー障害と呼ぶ。

対人関係の障害や、他者の気持ちの推測力、すなわち心の理論の障害が特徴とされる。特定の分野への強いこだわりを示したり、運動機能の軽度な障害も見られたりする。しかし、カナータイプ(低機能)自閉症に見られるような言語障害、知的障害は比較的少ない。

●歴史

  • 1944年、オーストリアの小児科医ハンス・アスペルガーによって初めて報告されたが、第二次世界大戦のため、その論文は戦勝国側では注目されていなかった。
  • 1981年、イギリスの医師ローナ・ウィングがアスペルガー症候群の発見を紹介。
  • 1990年代になり世界中で徐々に知られるようになった。しかし、日本ではドイツ精神医学の影響が強かったことから、ローナ・ウィングの紹介以前に知られていた。

●概要

アスペルガー症候群の定義や、アスペルガーと高機能自閉症は同じものか否かについては諸説あるが、一般的には高機能自閉症(知的障害のない、あるいはほとんどない自閉症)と同じものとされる(アスペルガーは知的障害の有無を問わず、言語障害のない自閉症を指すという人もいる)。

一般的には自閉症の軽度例と考えられているが、自閉傾向が強い場合は社会生活での対人関係に大きな問題が起きるため、必ずしも知的障害がないから問題も軽度であるとは限らない。ある研究者によると、むしろ知能の高い方が問題が起きやすいともいう。日本では従来高機能自閉症への対応が進んでいなかったが、2005年4月1日施行の発達障害者支援法によりアスペルガー症候群と高機能自閉症に対する行政の認知は高まった。しかし、依然社会的認知は低く、カナータイプより対人関係での挫折などが生じやすい環境は変わっていない。

また、注意欠陥・多動性障害(AD/HD)学習障害(LD)などを併発している場合もある。このような合併障害があることと、「アスペルガー」や「自閉症」という言葉には偏見があることなどを理由に、まとめて「広汎性発達障害(PDD)」や「発達障害」と呼ぶ医師も増えている。なお自閉症スペクトラムの考え方では、健常者とカナータイプ自閉症の中間的な存在とされている。

●特徴

自閉症スペクトラムに分類されている他の状態同様、アスペルガー症候群も性別との相関関係があり、全体のおよそ75%が男性である。ただし症状が現れずに潜在化(治癒ではない)する場合も勘案せねばならず、この数値にはある程度の疑問も残る。

コミュニケーション上の主な特徴

非自閉症の人(NT:neurotypical, 典型的な精神の人)は、他者の仕草や雰囲気から多くの情報を集め、相手の感情や認知の状態を読み取れる。しかし自閉症の人はこの能力が欠けており、心を読むことが難しい(心の理論)。そのような、仕草や状況、雰囲気から気持ちを読み取れない人は、他人が微笑むことを見ることはできても、それが意味していることが分からない。また最悪の場合、表情やボディランゲージなど、その他あらゆる人間間のコミュニケーションにおけるニュアンスを理解することができない。多くの場合、彼等は行間を読むことが苦手あるいは不可能である。つまり、人が口に出して言葉で言わなければ、意図していることが何なのかを理解できない。しかし、これはスペクトラム状(連続体)の特徴である。表情や他人の意図を読み取ることに不自由がないアスペルガーの人もいる。彼らはしばしばアイコンタクトが困難である。ほとんどアイコンタクトをせず、それをドギマギするものだと感じる場合が多い。一方、他人にとって不快に感じるくらいに、じっとその人の目を見つめてしまうようなタイプもいる。相手からのメッセージ(アイコンタクトなど)が何を示すのか、彼等なりに必死に理解しようと努力するのだが、この障害のために相手の心の解読が困難で、挫折してしまうパターンが多い。例えば、初対面の人に挨拶をする際に、社会的に受け入れられている方法で自己紹介をするのではなく、自分の関心のある分野に関して一人で長々と話し続けるような行動をとる場合がある。

コミュニケーション上の特徴が障害とは限らない

症候群という表現は、アスペルガーの人は障害者(異常)で、その他の者は健常者(正常)というように感じる。しかし、特徴の見かたを変えると、客観的で、事実を正確に理解して表現することに長けているともいえる。以下に挙げられている「言葉を額面どおりに受け取る」や「些細なことにこだわる」という特徴も「厳正に規則を守る」と言い換えることもできる。例えば、パソコンのように順序だったものや規則的なものに興味を持てば、才能を開花させることも可能である。また「行間を読むことが苦手」というのは、行間を読まないコミュニケーション方法ということである。それは「行間を読むコミュニケーション(アスペルガー以外の多数派)」に対しての「少数派の方法」という関係である。

つまり、少数派であるために、多数派の人と自由にコミュニケーションが取れない、或いはコミュニケーション方法の違いを理解されないという問題が、社会生活での障壁となりやすい。

主な問題点

アスペルガーの人は、多くのアスペルガー以外の人と同様に、またはそれ以上に強く感情の反応をするが、何に対して反応するかは常に違う。 彼等が苦手なものは、「他人の情緒を理解すること」であり、自分の感情の状態をボディランゲージや表情のニュアンス等で他人に伝えることである。多くのアスペルガーの人は、彼等の周りの世界から、期せずして乖離した感覚を持っていると報告されている。

例えば先生が、アスペルガーの子供に(宿題を忘れたことを問いただす意味で)「犬があなたの宿題を食べたの?」と尋ねたら、その子はその表現が理解できなければ押し黙り、先生に自分は犬を飼っておらず、普通犬は紙を食べないことを説明する必要があるのかどうか考えようとする。つまり先生が、表情や声のトーンから暗に意味している事を理解できない。 先生は、その子が傲慢で悪意に満ち、反抗的であると考え、フラストレーションを感じながら歩き去っていくかもしれない。その子はその場で何かがおかしいとフラストレーションを感じながら、そこへ黙って立ち尽くすことだろう。

アスペルガーの子供は、言葉で言われたことは額面どおり真に受けることが多い。親や教師が励ますつもりで「テストの点数などさほど大事ではない」などとあまりきれい事ばかり聞かせたり、反対に現実的なことばかり教えたりすると、真に受けてしまい、持つべき水準からかけ離れた観念を持ってしまう危険性がある。彼らは、“大人の発言には掛け値がある”という疑いを持ちにくく、持ったとしても、はたして掛け値がどのくらいなのかを慮ることが困難であるため、発言者の願望を載せて物事を大げさに表現すると狙った効果は効き過ぎることになる。この傾向を助長するのは、通常であれば日常生活で周囲の人の会話などから小耳に挟んで得ているはずの雑多な情報を、アスペルガーの人は(アスペルガー特有の“興味の集中”のため)“聞こえてはいる”ものの適切に処理することができず、いわゆる「耳年増」になれないから、ということかもしれない。

アスペルガーの人は、特異な言語感覚で話すことがある。「水漏れ」を「水濡れ」、「阪神大震災」を「阪神地震」、「暴行」を「妨害」、「欲しがりません勝つまでは」を「勝つまでは欲しがりません」などと、微妙にニュアンスは合っているものの、他人と共有できない、もしくは理解に努力が必要な表現を使うことがある。また、漢字を読むのにも「格闘技」を「かくとうわざ」と読んだり、音読みと訓読みを意図的に違えて発声する場合もあり、これのいずれにも共通しているのは、「水漏れ」「阪神大震災」「暴行」「かくとうぎ」「欲しがりません勝つまでは」という言葉を、本人はきちんと知識として認識していることである。にも関わらず実際に自分の口から発するときには、独自の語彙で表現することに固執するのである。

限定された興味、関心

アスペルガー症候群は興味の対象に対する、きわめて強い、偏執的ともいえる水準での集中を伴うことがある。例えば、1950年代のプロレスや、アフリカ独裁政権の国歌、マッチ棒で模型をつくることなど、社会一般の興味や流行に関わらず、独自的な興味を抱くケースが見られる。輸送手段(鉄道・自動車など)、コンピューター、数学、天文学、地理、恐竜、法律等は特によく興味の対象となる。しかし、これらの対象への興味は、一般的な子供も持つものである。アスペルガー児の興味との違いは、その異常なまでの強さである。アスペルガー児は興味対象に関する大量の情報を記憶することがある。

また一般的に、順序だったもの、規則的なものはアスペルガーの人を魅了する。これらへの興味が物質的あるいは社会的に有用な仕事と結びついた場合、アスペルガーの人は実り豊かな人生を送る可能性がある。例えば、コンピューターに取りつかれた子供は大きくなって卓越したプログラマーになるかもしれない。それらと逆に、予測不可能なもの、不合理なものはアスペルガーの人が嫌う対象となる。

彼らの関心は生涯にわたることもあるが、いつしか突然変わる場合もある。どちらの場合でも、ある時点では通常1個から2個の対象に強い関心を持っている。これらの興味を追求する過程で、彼等はしばしば非常に洗練された知性、ほとんど頑固偏屈とも言える集中力、一見些細に見える事実に対する膨大な(時に、写真を見ているかのような詳細さでの)記憶力などを示す。ハンス・アスペルガーは彼の幼い患者を『小さな教授』と呼んでいた。なぜならその13歳の患者は、自分の興味を持つ分野に、網羅的かつ微細に入るまでの、大学教授のような知識を持っていたからである。

臨床家の中には、アスペルガーの人がこれらの特徴を有することに全面的には賛成しない者もいる。たとえばWing と Gillberg はアスペルガーの人が持つ知識はしばしば理解に根付いた知識よりも表層だけの知識の方が多い場合がある、と主張している。しかし、このような限定は Gillbergの診断基準を用いる場合であっても診断とは無関係である。

アスペルガーの児童および成人は自分の興味のない分野に対しての忍耐力が弱い場合が多い。学生時代、「とても優秀な劣等生」と認識された人も多い。これは、自分の興味のある分野に関しては他人に比べて遙かに優秀であることが誰の目にも明らかなのに、毎日の宿題にはやる気を見せないからである(時に興味のある分野であってもやる気を見せない、という意見もあるが、それは他人が同じ分野だと思うものが本人にとっては異なる分野だからだと思われる。例えば、数学に興味があるが答えが巻末に載っている受験数学を自分で解くことには興味が持てない、日本語の旧字体に興味はあるが国語の擬古文の読解問題には興味が持てない、など)。ノートに文字を手書きすることを、とても面倒で苦痛に感じる子供もいる。一方、反対に学業において他人に勝つことに興味を持ったために優秀な成績を取る人も居り、これは診断の困難さを増す。他人に自分の主張を否定されることに強く嫌悪感を覚えるという人もいる。このことは学校などで学習上の大きな障害となる。例えば教師が生徒にいきなり答えさせ、「生徒: これは○○だと思います」「先生: 違うよね、これは××だよ」というように、否定して答えやヒントを教えるような方法はアスペルガーの人には相当な苦痛と感じることとなる。しかし多くの成人は、忍耐力のなさと動機の欠如などを克服し、新しい活動や新しい人に会うことに対する耐性を発達させている。

アスペルガーの人は高い知能と社交能力の低さを併せ持つと考える人もいる。

このことは子供時代や、大人になってからも多くの問題をもたらす。 アスペルガーの子供はしばしば学校でのいじめの対象になりやすい。なぜなら彼等独特の振るまい、言葉使い、興味対象、身なり、そして彼等の非言語的メッセージを受け取る能力の低さを持つからである。彼等に対し、嫌悪感を持つ子供が多いのもこのことが要因だろう。このため教育の場である学校において、今後はサポート体制の確立や自立の支援、他の子供への理解を深めさせる、といった総合的な支援策が必要になるだろう。

「アスペルガー」という一つのカテゴリーであっても、人によって障害の度合いは千差万別である。例えば学校の友達と上手く話せたり、話を上手くまとめられるなど、至って軽度な場合もある。また、上手く話せず、それでもよい友達に巡り会えたから必死で耐えている、というように、自閉度が中度--重度なこともある。この障害は、カナータイプの自閉症などと違い、一見「健常者」に見えるために、周りからのサポートが遅れがちになったりすることが問題となっている。

アスペルガーの人は他の様々な感覚、発達、あるいは生理的異常を示すこともある。その子供時代に細かな運動能力に遅れをみせることが多い。特徴的なゆらゆら歩きや小刻みな歩き方をし、腕を不自然に振りながら歩くかもしれない。手をぶらぶら振るなど(常同行動)、衝動的な指、手、腕の動きもしばしば認められる。

アスペルガーの子供は感覚的に多くの負荷がかかっていることがある。騒音、強い匂いに敏感だったり、あるいは接触されることを嫌ったりする。例えば頭を触られたり、髪をいじられるのを嫌う子もいる。この問題は、例えば、教室の騒音が彼等に耐えられないものである場合等、学校での問題をさらに複雑にすることもある。一方で、自己の疲労感、眠気、空腹感、のどの渇き、尿意、発熱、寒気、暑さなどに対する自覚が鈍く、ぎりぎりになるまで気づかず、計画的な解消行動をとれない人もいる。このことは、程度が重度でさえなければ、本人の日常生活にはさほどの支障をきたすものではないが、団体行動を難しくする一因になる。

アスペルガーの人は、自分があまり興味を持たない事柄に関して、「実体験から因果関係を導き出し、一般法則として身に付ける」ことが不得手なことがある。例えば「寒気がして鼻水が出るなら風邪を引いている」「黒板が見えなくなってきたら近視が進んでいる」などの法則を自分で発見することが難しい。もちろんそれらの問題が「激しく」「突然に」現れれば気付くこともあるが、緩徐にゆっくりと進行してくる問題には、その不快な状態にも「こんなものだろう」と勝手に納得して慣れてしまう。そして、その状態を「工夫すれば解決できるもの」とも思わず、我慢するか、諦めてしまうのである。このようなことは健常者にも起こるが、アスペルガーの人には生活に支障をきたすレベルで起こるということである。

例えば「冬でも厚着をすれば寒くない」という法則に気づかない場合、最低気温を更新するような厳寒の日でも「今日は特に寒いなぁ」と思いながらいつもの服装で出かけ、ただ耐えていたりする(「寒い」ことに特に肉体的に耐性があるわけではない。この場合、他人より一層寒さが堪え活動力が下がるが、その自覚がないということである)。この場合、本人は「冬の服装は、Tシャツにシャツにコート」などと覚えており、そこから自分で「特に寒い日はTシャツを重ね着してもよい」と発想を飛躍させることが難しいのである。反面、「異常に寒い日は変な重ね着をしてもよい」というお手本をテレビを見たり本で読んだりすれば、その概念はすんなり入り、身に付くという面もある。テレビや活字のように一度時間をかけた編集を経たメディアで得る情報は信じられるが、自分の感覚からくる法則やリアルタイムの会話による情報にはあまり信頼を置いていないと言い換えることもできる。なお、これらの困難は「自分にとってあまり関心のない/不得意な分野」に強く現れる。「自分にとって関心のある/得意な分野」に関しては、観察力や注意力に不足はなく、目端も利き、かえって常識にとらわれない新しい発想をすることも可能である。

別の行動の特徴として、やまびこのように、言葉やその一部を繰り返す反響言語(エコラリア)と呼ばれる症状を示す場合がある。 (アスペルガーの女性が子供を産み赤ちゃんへ母乳を吸わせるというこの行為事自体に嫌悪感を覚えることもある。)【?】

●アスペルガー症候群と社会

2001年5月にソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント (米国)が「アスペルガー 死の団欒」と名づけて発売する予定だった外国映画(原題は「Absence of the Good」、1999年のアメリカのテレビ映画)が、抗議を受けて発売中止となった。原題にはアスペルガーという単語は使われておらず(直訳しても「良心の不在」程度にしかならない)、登場人物にもアスペルガー症候群らしい人物は存在しないと考えられる。

●関連項目

  • 発達検査
  • 特別支援教育
  • ADHD
  • ひきこもり
  • ニート
  • トーマス・エジソン
  • アルベルト・アインシュタイン
  • アイザック・ニュートン




posted by kamiryu07 at 12:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 病名ア行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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