電磁波過敏症(でんじはかびんしょう)とは、「ある程度の電磁波を浴びると、身体が鋭敏に反応する病気」のことをいうという説があるが、明確な定義は特にない。アメリカ合衆国の医学者であるウィリアム・レイ(William J Rea)によって「Electrical Hypersensitivity(電気過敏症)」と命名された。電磁波および電磁場の健康への悪影響については否定的な見方が多いが、現在でも様々な疫学的研究が行われている。
電磁波は、波長の短い順に、ガンマ線、エックス線、紫外線、可視光線、赤外線、電波に分けられるが、それぞれ性質がまったく異なる。電波よりも短い波長の電磁波は、電磁波過敏症の対象とされていないようである。
同じ電波においても、携帯電話(マイクロ波)と送電線(極超長波)の電磁波の間の、波長や周波数の比は、7桁ものオーダーに達する。このため、両者を同列に議論することはできない。実際、送電線のような電源周波数においては、電磁波の放射ではなく、送電線が直接もたらす電磁場(電場、磁場、またはその双方)について議論されるので、「電磁波過敏症」という日本語の用語は誤解を招きやすい。一方、マイクロ波などの電波は電磁波であるが、ここで議論になるのは、加熱による熱的効果ではなく、それ以外の非熱的効果による健康への影響(医療機器への影響を除く)の有無である。
世界保健機関は「電磁波過敏症」とされるものについてとりまとめた研究報告(ファクトシートNo.296)において、様々な症状の存在は真実とした上で、「医学的診断基準はなく、その症状が電磁界曝露と関連するような科学的根拠はない」としている。
ところで、しばしば住民運動の槍玉に挙げられる、携帯電話の基地局新設であるが、実は危険度・影響が最も高いのは、ラッシュ時の通勤電車の車内である。しかしこちらが問題になった事は一度たりともない。
●症状
電磁波過敏症が、電磁波等によるものか否かに関わらず、その症状は個人によって異なり、現在知られているどの症候群にも該当していない。世界保健機関の研究報告書(ファクトシートNo.296)は、多様な非特異的自覚症状である("EHS is characterized by a variety of non-specific symptoms that differ from individual to individual.")とした上で、以下のような症状を挙げている。
皮膚の症状
- 発赤
- ヒリヒリとした痛み
- 灼熱感
神経症状など
- 疲労感
- 集中力の低下
- めまい
- 吐き気
- 動悸
- 消化器の障害
●対策
もしも仮に、電磁波や電磁場が健康に悪影響を及ぼすと想定した場合、個人が取り得る防護策としては、以下のようなものが考えられる。
まずマイクロ波を用いる携帯電話の場合は、その使用時間を短くしたり、発生源からなるべく離れることが挙げられる。これは、電磁波の放射源を点とした場合、その強度が距離の二乗に反比例し減衰するためである。また、電磁波の防護を謳って販売されているエプロンなどの商品があるが、実際には回折という性質によってエプロンの裏側まで回りこむ。電磁波を遮断するには、導電性の金網などの遮蔽物ですっかり覆われた内部空間に人間が入る必要がある。電子レンジの窓の網のように、網目サイズが波長よりも十分小さい場合、電波は透過せずに反射される。
次に電源周波数領域の電磁場の場合、電力線までの距離や電圧の他に、その配置が電磁場の強度を決めている。例えば家電製品の電源コードは、高圧送電線の近傍や交流電化区間の駅のホームなどのケースと違い、往復の2本の導線が非常に狭い間隔で平行に走るため、その間隔よりも遠い距離では、互いの電磁場を打ち消しあう効果が強くなる。なお、送電線による電場の向きは、導電性のある地表付近では垂直方向となる。このため、家屋上部に接地電位を置くことにより、この電場を軽減することができる。
●生体に対する影響の物理的機構
電磁波等の生体への影響について、再現性のある確認された現象があれば、様々な研究を行うことが可能である。現時点ではそのようなものはないため、妥当なメカニズムを考えるのは極めて困難である。今後、更なる実験データの蓄積や疫学的な調査が必要である。以下に、考えられる様々な物理メカニズムの妥当性について列挙する。
電場の場合、自然界における地表において、通常120-150V/m、雷雲がある場合は20kV/mにも達する電場がかかっている。磁場については、地磁気が50μT程度である。このような電場、磁場は、携帯電話や送電線がもたらすものよりも強い。ただし、ドライヤーやシェーバーなど一部の体表面に近づける機器の磁場は、地磁気を上回るものも存在する。しかし、これら自然界の電磁場は、向きや強さが概ね一定であり、生体への影響に対しては、電磁場の時間的変化がもたらす効果を考察するのが妥当である。
まず、電源周波数領域における電場が人体にかかると、人体が導体であるため、表面に電荷が集まることにより、体内の電場が打ち消され、100万分の1程度になってしまう。もし、体内に電位差を生じせさた場合は、一般に絶縁性の高い細胞膜に集中する。このとき、細胞膜に存在し、シグナルの制御など様々な機能に関係するイオンチャネルに影響を与え、神経細胞などの電気的興奮性細胞を刺激する可能性も論じられる。しかし、生理的に生じる細胞膜の膜電位により、イオンチャネルにかかる電場は106-7V/mにも達し、外部電場よりも遥かに強い。なお、細胞膜はコンデンサとみなすことができるため、マイクロ波のような高周波ではインピーダンスが小さく、電源周波数の場合に比べて大幅に影響が小さくなる。
一方、時間とともに変化する磁場は、体の周辺が大きい(ループで囲まれた面積が大きい)部分に最大の電流を発生させる。この電流は、60Hz、50万V、1000Aの電力線から0.5m離れたところにおける人体でも、2.8mA/m2程度の弱い電流を引き起こすのみである。
また、マイクロ波に対して、確実に影響があるものは熱的効果である。このメカニズムは十分良く知られており、家庭内でも電子レンジなどの形で実用化されている。マイクロ波は、電気双極子を持った水分子の回転運動を励起するが、これが周りの分子と相互作用し、ランダムな熱運動になる。もし、電子レンジの内部のような強力なマイクロ波に曝されたとすれば火傷をもたらすが、携帯電話の電力では問題にならない。
電磁波過敏症等において、マイクロ波の健康への影響が議論されるのは、それ以外の非熱的効果である。例えば、マイクロ波を光子のエネルギー(hν)としてみた場合、1GHzのマイクロ波では4x10-6eVであり、化学結合を切ったり、電離させたりするエネルギーよりも5桁程度小さい。この他にも、分子振動の励起、細胞内のマイクロチューブル等の振動に対する共鳴吸収、イオンポンプ(ATPase)等の電気双極子の大きな蛋白質のコンフォメーション変化、組織の抵抗の非線形性による復調がもたらす低周波電場等による説明の試みがあるが、これらによる生体への影響は非常に考えにくい。
また、弱い磁場によって、活性な不対電子をもつフリーラジカルの寿命が延びるとの指摘がある。2つのフリーラジカルがペアとなる場合、電子スピンの状態の違いにより、全体の系として一重項と三重項の2つの状態がある。一重項状態は互いに再結合して消滅するのに対して三重項状態は再結合せずに解離する。そして、一重項状態と三重項状態の間の遷移が、核スピンによる超微細構造のために起こるが、磁場によってエネルギーが分裂すると遷移しにくくなり、フリーラジカルの寿命が長くなる。しかしフリーラジカルは元々寿命が非常に短いため、電源周波数程度では定常磁場の効果と同じであり、地磁気で影響がなければ、それより弱い磁場しかもたらさない送電線による影響もないと考えられる。
さらに、ヒトの脳には、磁鉄鉱の微粒子(数十nm程度)があり、その数は脳細胞の個数のおよそ1/100程度との報告がある。そして、外部磁場がかかると、この粒子にトルクがかかり、脳内に存在する機械受容チャネルを刺激するという仮説がある。しかしマイクロ波の場合、磁鉄鉱粒子に与えるエネルギーが熱運動のエネルギーを超える強さは、ガイドラインで定められた強度より遥かに強くしなければならないため、問題とならない。一方、GSM携帯電話の場合、マイクロ波とは別に、電源を入れたときに低周波磁場が発生する。磁鉄鉱粒子を持つ走磁性細菌を用いた実験では、携帯電話の低周波磁場によって、細胞死の増加をもたらすという報告もあるが、脳など組織内の磁鉄鉱微粒子に関する研究は現状ではなされていない。
●関連項目
- 電磁波
- テクノストレス
- 疑似科学
- グロ・ハルレム・ブルントラント - ノルウェーの元首相。2003年に電磁波過敏症であることを告白。



電磁波過敏症は、簡単には説明できないようですね。