吃音症(きつおんしょう、別名「どもり」、「吃音」、英: Stammering symptom)とは、発語時に言葉が連続して発せられたり、瞬間あるいは一時的に無音状態が続くなどの言葉が円滑に話せない疾病。言語障害の一種である。WHOの疾病分類「ICD-10」では、吃音は、「会話の流暢性とリズムの障害」、「吃音症」とされ、米国精神医学会のDSM-4-TR(精神障害の診断と統計の手引き)でも吃音症とされている。日本においてもICD-10やDSMに準じた厚労省の「疾病、傷害及び死因分類」が採用され、吃音は基本的には医療機関で受診可能な健康保険適用の吃音症という疾病に分類されている。
●概要
言葉が発しにくい言語障害であり、非吃音者があせって早口で話す時に「突っかかる」こととは異なる。成人では0.8〜1.2%、学齢期の子供で約1.2%、5歳までの子供では約5%が吃音者であるといわれる。本人が気づいてない場合もある。吃音の程度や、どもりやすい言葉や場面には個人差がある。緊張していたり、朗読や電話の応対をしたりする時など、どもりやすい傾向があるとされる。だが、緊張するからどもるのではなく、どもるから緊張するのである。戦後一時期まで、吃音は、精神的緊張に起因する癖であると誤って理解されてきた。それ故、吃音治療も心理療法が重視され、間違った方向に進んだ。
『どもりは必ずなおせる 〜子どものどもり おとなのどもり〜』(婦人生活社 1983年)の著者である花沢忠一郎は、幼少の頃から吃音で苦しみ続け、独自の呼吸法や発声法などを取り入れた大人の吃音の矯正法を、日本で最初に考え出し、吃音を自覚し始めたものを「大人のどもり」、吃音に無自覚ものを「子供のどもり」と定義した。子供の吃音や、本人が吃音を気にする前だと治る確率も高いとされる。近年、吃音はICD-10分類の情緒障害としての吃音症だけではなく、それ以外にも色々な吃症状があり、症候群であるとする見解も出てきている。
他の身体的障害や言語障害と同様に、吃音は嘲笑やいじめの対象になる事もある。音読の授業で上手く喋れず子供の心に深い傷を負わせることも多い。吃音に絶望し自殺する者もいる。自殺しないまでもうまく言葉が話せないことに起因するうつ病、対人恐怖症、社会恐怖、引きこもりなどの二次障害が出ることがある。
吃音者の吃音に対する苦悩は、吃音を知らない多くの非吃音者の想像を遥かに超えるものであり、並大抵のものではない。吃音は自分の名前が言えない、店で注文できない、人と円滑にコミュニケーションを取れない、挨拶が出来ない、電話がかけられない、など社会生活全般に大きな影響を及ぼし、彼らが生きるのを困難にしている。
時折、吃音者が吃音を意識していない時など、流暢に話せることもある。また、吃音者はどもる言葉を巧みに避け、どもらないように見せているので、傍からは吃音だと気付かず、深刻な悩みだと受け取られないこともある。吃音者が心で感じている苦痛ほど、周囲の人間は気にしていなかったり、楽観的に接することが多い。
また、吃音者は命がけで吃音を隠そうとする。どもることが死ぬほど恥ずかしいと思っているからだ。吃音者が吃音を隠すために費やす労力や神経も、非吃音者の想像を遥かに超える。自殺するにしても、遺書に吃音が原因とは書けない、死んでから吃音と知られるのが恥かしくて耐えられない、と考えたりする。
●分類
大きく分けると以下の3型があり、これらは吃音の核となる症状と考えられている(Van Riper, 1971、Conture, 1990)。近年は更に細かく専門化した分類が行われてきている。
- 連声型(連続型、連発)
- たとえば「おはようございます」という文章の場合、発声が「お、お、おは、おはようございます」などと、ある言葉を連続して発生する状態。
- 伸発
- 「おーーーはようございます」と、語頭の音が引き伸ばされる状態。
- 無声型(無音型、難発)
- 「ぉ、・・・(無音)」となり、最初の言葉から後ろが続かない状態。
●吃音の段階
一般的に吃音には、次の四つの段階がある。
- 第1段階 - 連発。本人にあまり吃音の自覚のない時期。
- 第2段階 - 連発・伸発。本人が吃音を気にし始める時期。次第に語頭の音を引き伸ばすようになる。
- 第3段階 - 難発。吃音を強く自覚するようになる時期。伸発の時間が長くなり、最初の語頭が出にくい難発になる。時に随伴運動が現われる。
- 第4段階 - 吃音のことが頭から離れず、どもりそうな言葉や場面をできるだけ避けたり、話すこと自体や人付き合いを避けたりする。
なお、『連発 → 伸発 → 難発』へと順番に移行していくものではなく、『連発 → 連発+伸発 → 連発+伸発+難発』と新たな要素が加わりながら移行して行くものとされる。
●吃音に伴う症状
- 随伴運動 - 吃音による不自然な身体の動き(瞬き、体を叩く、手足を振る、足踏みする、目を擦るなど)。
- 吃音回避 - どもる言葉を避けようとする。
- 転換反応
- 波状現象(変動) - 流暢に話せていたと思うと、急に吃音が出る。
- 吃音予期不安 - どもったことで、またどもるのではないかと恐怖を感じる。
- 吃音不安 - どもったことで、相手にどう思われるか恐怖を感じる。
- 吸息反射 - 緊張し、吸息したままの状態になる。
- 呼吸の乱れ
- 早口
- 全身(口唇、舌、声帯、直腸筋、腹筋、横隔膜筋、胸筋、肛門など)や一部の筋肉の過緊張 - バルサルバ反射など。
- 吃音に意識が集中し、話しがまとまらない。
- 頭が真っ白になり、言葉が頭に浮かばない。
- どもったことで自己嫌悪になる。
- 吃音を気にし、話すことや人付き合いを避けるようになる。
など。
●原因
緊張するからどもるのではない。どもるから緊張するのであるが、戦後一時期まで、吃音は、精神的な緊張に起因すると一面的に理解されてきた歴史がある。ただし、緊張や不安や鬱に依って(ドパミン、セロトニンなどの伝達・分泌異常)で吃音が悪化することは分っている。
ある種の吃音の原因は「てんかん」や右脳が正常に機能しない聴覚機能不全、痙攣性発声障害(米国では吃音者の1/3が痙攣性発声障害が原因といわれている)などであることが分かってきており、海外の医療機関では治療(「てんかん」や「セロトニン療法」など)が行われている。また、近年は吃音は条件反射付けられたものであるとする説も有力である。しかし、多くの吃音の原因や病態はよく分からないのが現状である。不安や緊張、ストレスなどの心理的影響、家庭環境、好ましくない言語環境などが挙げられるが、これらは、吃音になる「きっかけ」の一つである可能性はあるが、原因といえるかは定かではない。父親や母親が厳格で言葉に関する躾が厳しいとその子供は吃音になり易いといわれている。また、いじめなども関係している。3:1で男子に多いとされる。女子に少ないのは、胸式呼吸に早く移行する為と考えられている。
ただし、正確に言うなら「わかっている部分と分かっていない部分」があり、吃音者全体の約1/3に効果があるといわれている音声のフィードバック経路(情動経路を含む)が関連する感覚性吃音は、海外では既に検証済みであり、装置を使った治療が普及している。
脳科学的アプローチ
2000年前後から、米国テキサス大学の心の不思議の解明映像研究センター(RIC:Reseach Image Center)で、「吃音は脳神経の機能不全によるもの」という脳神経科学の視座から研究が進み、『脳機能障害』であるとの見解が出てきている。日本においても吃様の類似の症候群としての吃音は、脳内物質や脳神経、脳幹部の海馬や扁桃体などに関連しているとする研究論文が2002年に日本音声言語医学会に発表され、吃音は発語運動に関連する脳内の神経回路のどの部分が機能不全を起こしても発症し、脳神経の3つの回路と2つの機能レベルに分けられること、このそれぞれの機能不全によって、吃音の種類や性質も異なるとされる。
吃音者と非吃音者の脳をMRIで検査した比較研究からは、非吃音者は発語時に左脳が優位であるが、吃音者は右脳が過活動し、脳の左右の言語に関わる運動脳野などの機能分化が進んでおらず、言語と非言語(舌の動きなど)の両方に関わる運動野の部位で協調性が低下しており、言語運動の開始や抑制に関連した脳部位の活動が明瞭ではないことなど、非吃音者とは異なる働きをしていることが分り、『大脳半球優位説』(1931年にリー・エドワード・トラヴィスが提唱)が科学的に解明された。それによると一次運動野、運動前野、補足運動野、前頭前野、頭頂葉、小脳(神経線維の白質)、大脳辺縁系、大脳基底核などに異常をきたしているとして、国内外などにおいて研究が進められている。また、吃音は不随意運動であり、発語時に運動系に何らかの異常な信号が出ているとする見解がある。
世界的に権威のある医学研究データベースMEDLINEには、吃音とセロトニンに関する研究論文が1960年代から2007年まで46本発表されている。あまつさえ、吃音者の脳はドパミン過剰になっていることも解明されている。それらの結果などから吃音は症状であり、原因、或いは性質や種類は単一ではなく様々なタイプがあることが徐々に分かりつつある。
遺伝学的アプローチ
一部の吃音については吃音遺伝子が少しずつ特定されてきているとされ、吃音は部分的には遺伝子が関与しているようであるとする説がある。米国立聴覚障害・コミュニケーション障害研究所の遺伝子学のデニス・ドレイナ氏は、吃音で訪れる人の半分に身近な家族に吃音者がいると言っている。吃音に関連する遺伝子は沢山あり、その1つ1つの寄与率は少ないと考えられているので、遺伝子の特定は難しい。しかし、数年前にカメルーンから吃音のインターネット会議で書き込みがあり、そこの有力な家族に吃音が多く発生しているとの報告で、事態は大きく変化した。書き込みした人によると、彼の家族は大人が106人いて、その内の48人が吃音であるという。明らかに遺伝性を示唆し、一つの遺伝子の変異から生じている可能性がある。ドレイナ氏の研究チームはこの家族の遺伝子を調べて、第1染色体に50から60個の関連遺伝子を突き止めた。一方、パキスタンの吃音者を沢山出している家系からは、第12染色体上に関連遺伝子を発見し、その同定を進められている(2006年 NYタイムズ一部抜粋)。
他方、吃症状を起こす疾病や障害の原因と思われる遺伝子は多数分かっており、これらの遺伝子の作用が複合して吃症状を現すと考えられるものの、2000年前後の新しい生物学的研究から、遺伝子決定論は修正され、環境や心理的なもの(信念や前向き思考など)で遺伝子は変化するとされ、吃音は必ず遺伝するというものではなく、吃音遺伝子も特定されていないとする説もある。
発症のきっかけ
吃音になる「きっかけ」は、生活環境の影響があるとも言われているが全ての人に当てはまるものではなく、「生育歴」とからめて両親の厳しい躾に責任を求める場合もある。吃音児を持った親は、将来、子供から吃音になったことや、なぜ早く治療してくれなかったのか責められることを心配する。下に箇条書きにて「きっかけ」についてのいくつかの説を挙げる。
- 耐え難いストレス(いじめ・叱られた・過度に厳格な躾)
- 好ましくない言語環境
- 幼少期の子供は左右の言語脳野の機能分化が進んでいないため、どもりは出やすいといわれているが、それに敏感になって、自分の子供に『どもらないように話せ』などと叱ってしまう。叱られた子供はどもりを悪い事だと思い込み、隠そうとする。それが、いつしか話すことへの恐怖へと変わり、条件反射付けられ、吃音が定着してしまうと考えられる。また、電話で言葉が出ず、いたずらと思われたり、友人からおかしな話し方をするという目で見られたり、授業で指名されてどもったことを注意されたり、いじめや嘲笑の対象にされるなど、辛い体験の蓄積や、周囲の人の吃症状に対する否定的反応からも吃音は条件反射付けられる。
- 吃音者をからかうなどして発声を何度も真似た経験がある。
- 家系に吃音者がいる。
- これは、一部を除いては遺伝ではない。
- 左利きの者が利き腕を矯正した。
など。
●治療・矯正
日本では、ある時期まで、吃音は、精神的な緊張など心因性のものと偏って理解されてきたため、吃音治療は心理療法が重視され、それ故「吃音は中々治らない」と思われてきた。また、一部の重度吃音者が、数十年かけた発声訓練や講談による超人的な努力で、自らの吃音を治すことに成功し、また、その人たちは民間矯正所を開いて「発声訓練や講談で治る」と声高に主張したため、更に間違った方向に吃音治療は進んだ(講談で軽快する人も中にはいるが全ての吃音に該当しない)。それらの歴史をまず、踏まえて治療を考える必要がある。
言語障害などを治療する言語聴覚士(ST)が基本的には治療を行う。診断は、吃音の治療を手がけているSTがいる耳鼻咽喉科などの医師が行う。また神経内科などでも医師に吃音の知識があり、吃音治療を行うSTがいれば診断可能な場合がある。精神科や心療内科などでも、通院・在宅精神療法や投薬治療を受けず、初診料と再診料のみの診療報酬請求しか行わないならば、吃音症のみの診断名で基本的には受診可能である。治療法には、
- 言語療法(丹田部に力を入れ、第一語を引き伸ばしてゆっくり話す抑制法や、楽にどもりながら話すバウンズ法(修正法)などがある。)
- 呼吸法
- 系統的脱感作療法的訓練(軽くどもりながらスピーチして馴化させたり、どもって緊張した場面や、訥言(どもり易い苦手な言葉)や嫌な場面を想像し、難易度や不安感の低い順に、抑制法や修正法などを交えながら発声訓練する矯正法。6〜8名での訓練が効率的で効果的とされる。行動療法の一つ。)
- 言語聴覚療法(FAF、AAF、DSAなどの聴覚フィードバック装置などを利用した治療法。ただ、アメリカの一部の研究者は聴覚言語療法は一部の吃音に効果があるだけで、多くは効果が消滅してしまうと言っている。また最初は良くても効果が薄れ再発するという説がある。だが、一般的には吃音者の1/3に効果があり、「発話運動の再学習」が完全に成立しないうちに使用を止めて再発する人も確認されている。また、いくつかの種類の装置を組み合わせて訓練すると効果的であるとされている。国立身体障害者リハビリテーションセンターはFAFを設置している。
- 薬物療法
- 認知行動療法、行動療法、心理療法
- バルサルバ反射抑制法などがある。
完治しやすい吃音(子供の吃音)と治りにくい吃音(大人の吃音)がある。幼児期(言葉を話し始める最初の時期)は、左右の脳の機能分化が進んでおらずどもりやすい。その頃は吃音を意識していない場合が多いので、この時期における早期治療が重要になる。学齢期前前後の小児吃音は、環境調整を主とした治療で治ることが多く、厚労省の調査では約80%が自然治癒している。しかし、成長していくにつれて、周囲の吃音への否定的反応などが理由で、吃音は条件反射付けられ、定着していく。これが難儀を極める大人の吃音である。
一部の心ない精神科医が「(吃音を自覚している)大人のどもりは治らない」と診断してしまい、吃音者を絶望のふちに追い込んでしまうことは、昔からよく聞くことである。(恐らくインターネットから不確かな知識を得たのであると考えられる)。しかし、これは誤理解に因るもので一概にそうとは言えない。 90年代の吃音治療(言語療法)による吃音治癒率は一般的に約35%とされ、1/3は満足に至るまで治すことができる。そして、根治する人も中にはいれば、根治しなくても矯正すればある程度、吃音の状態が改善する人もいる。
海外の治療研究事例
- 米国の研究者のレポートには、カナダで、古典的な言語療法のみに依らない最良で最高質レベルの「包括的吃音治療」を受けた場合の吃音抑制率は約70〜75%程度に上ぼるとするものもある。その場合の治療プログラムとは、カナダのISTAR(吃音治療相談研究所)で42人の吃音者に対し3週間の集中訓練を行い、以後3年間追跡調査したもので、@遅い話し方をする、A各音節を1.5秒引き伸ばす、B不安感を緩和させる、C話す場面の回避を改める、D吃音について心を開いて話し合う、E社会生活で話す習慣を増やすようにプログラムされている。加えて、家庭での訓練プログラムも含まれている。その結果、1,2年後に吃音を克服することができた吃音者は5%、満足できる状態にあった吃音者は70%、他の25%は満足できる流暢性話声ではなかった。また、自己回答では、吃音治療後間もなく満足できる状態であると答えた吃音者が93%、1〜2年後でも80%が満足できる状態であると答えている。
- Onslowによる研究では、「音を引き伸ばした話声」による流暢性獲得法(吃音矯正法)で、12人の吃音者全員が2〜3年かけて行った訓練で、吃音が皆無か、皆無に近い状態になり、その後もこの状態を保っていたとする。このプログラムは2〜3週間宿泊して集中的な訓練行うことから始め、その後、吃音がゼロまたは、ゼロに近くなるまで、週ごとに通院治療を行う。これを2年間続ける。この治療は18名で始まったが、6名が落伍した(この落伍者は訓練はうまくいったが、他の訓練法に変更した)。
- AndrewsとCraigによるレポートでは、@流暢な発話運動技能、A制御の内部焦点化(internal locus)、Bコミュニケーションに対する正常な態度、の3つの領域を習得したとき、吃音者の93%が10か月後も流暢性を維持していたと報告している。しかし、この3つのうち1つでも失敗すれば流暢性を維持することはできなかったといっている。また、DeNilによる別のレポートでは、制御の内部焦点化(internal locus)の習得によっては、治療の予測及び、流暢性の治療を受けた2年後の成功率を予測することはできないとしている。
- Andrew、Guitar、Howieは、過去42の研究を調べた結果、吃音抑制法に6つのモデルを見い出し、効果のある順に、@語の引き伸ばし、A穏やかな発話の開始、Bリズム、C呼気流、D態度の矯正、E系統的脱感作法、であると報告している。
近年の海外での研究では、吃音の原因や様態は単一ではなく、統一的な治療方法も存在しないとされ、吃音者一人一人のタイプに合わせた総合的な治療や、吃音に伴う症状を治療することで間接的に吃音治療に繋がるという考えが提唱され始めている。それゆえ吃音の治療・矯正法は、上節に羅列した発声・呼吸法のみに重きを置いた言語療法を始め、単一療法のみによる治療・矯正は時代遅れになってきており、複数の治療原理を組み合わせるなどした「complihensive(包括的)治療」や「holistic(全身的)療法」、「Integrated Approach(統合的)アプローチ)が提唱され始めている。なお、統合的治療の中には、21世紀の脳科学的研究成果はまだ、取り入れられるに至っていない。
花沢研究所の矯正法
以下に、1932年に早稲田大学の心理学教室に早大吃音矯正会を発足させ、「吃音の父」グリーン博士に師事し、国内外の吃音研究に接し、その後、口腔外科医で、千葉大学名誉教授の(故)佐藤伊吉らとの共同研究で、日本で最初に大人の吃音の言語訓練法を考案し、1956年に花沢研究所を設立して、本格的に吃音の言語療法に取り組まれた(故)花沢忠一郎の矯正法(吃音者の間では営利目的ではない、良心的な民間相談機関として知られていた)のエッセンスを掻い摘んで紹介する。これらのゆっくり発声したり、母音を長く発生する練習に加え、近年の会話に先立つ恐怖と不安を取り除く訓練で大人の吃音者の多くは上手く話せるようになるとされる(2006年NYタイムズ。だが、この記事には何%の治癒率か書かれていない)。ただし、これは四半世紀以上前の矯正理論であり、海外などで吃音が症候群とされ始めた現在、一部の吃音や吃音の様態には有効ではあるが、他の吃症状には必ずしも有効といえない場合もあり、時代遅れになって来ている面があるのも事実である。また、独りでの発声練習や多勢で一斉に行う発声練習(コーラスリーディング)は、非常に効率が悪い練習との見解もあり、それらを認識した上で複数の矯正法の中の一つとして捉えるべきである。
- 心構え - 人をのむ(少し位のことで動じないほど強く図々しくなる)。
- 吃音の人には恥ずかしがり屋で見栄っ張りな人が多いとされる。身体が恐れていると、前かがみになり、腹部の力は抜けてしまう。胸を張り、下を向かず前を見て、相手の目を見るようにする。目を見ることに抵抗がある人は、目と目の間の眉間を見るようにするといい。劣等感を振り払い自己評価を高められるようにする(近年、このような一種の心理療法的な治療は、一部の吃音を除いては無効との見解も出てきている)。多勢の前で話すときは、一人一人のネクタイを見て気持ちが落ち着いてから話し始めるといい。そして、勇気のいることだが、心許せる友人に吃音で上がってしまったり、電話に出るのが怖いなどの悩みを打ち明けてみよう。悩んでいるのは独り相撲だと気がつくであろう。
- 1. 呼吸練習 - 胸式呼吸から腹式呼吸(丹田呼吸)に切り替える。
- 吃音者は呼吸が浅いといわれる。下腹部には、常に、無自覚な時や、睡眠時でも力が入っているようにする(近年、丹田呼吸法そのものは交感神経系の緊張を解し副交感神経系を優位にさせ、全身および精神の緊張の緩和が起こり吃音寛解に効果的であるとして見直す声がある。一方、下腹部に力を入れたままの複式呼吸をしながらの矯正訓練はある種の吃音の様態にのみ効果があり、胸式呼吸を基本とし、吃音の、ある場面で部分的に複式呼吸を取り入れた治療がある種の吃音には有効との見解も出てきている)。
- 第一呼吸:姿勢を正しくし、鼻から息を吸い(2, 3秒)、下腹に力を入れ10秒以上口から吐く。これを5分くらいやる。
- 第二呼吸:鼻から息を吸い、「え〜い!」と大きな声で気合をかけながら、下腹に力をいれな入れて息を止める。最初は5秒(息を止める時間)を10回、10秒を10回、15秒を2回くらいやる。いつでも暇があったらやり、意識しなくても下腹に力が入るまでやる。
- 第三呼吸(人に呑まれない呼吸法):肩の力を抜き下腹に力を入れ正面を見る。鼻から息を吸い、下腹に軽く力を入れながら鼻から息を吐き、悠然と構える。5分くらいやったら目を閉じ、次のような事を言って自己暗示にかける。「例:必ず吃音を治す。吃音は恥ずかしいものではない。相手は何とも思ってない。どんな時も落ち着いてゆっくり話す・・・など」。この他、自分の願い、望みを何でも言ってみる。
- 2. ストレッチなど柔軟体操をおこなう。
- 吃音者は身体や筋肉が一般的に硬いといわれているので、柔軟体操を行う。
- 3. 発音・朗読練習 - ゆっくり話す。
- 息を吸い、下腹部に力を入れ続け(その際、大声で「えいっ!」とかけ声をかえるといい)、ゆっくり息を吐きながら第一語を長く引き伸ばし(第二語まで伸ばせばもっと良い)て話す。
- 第三語以降も長く伸ばし、全体的にゆっくり過ぎるほどゆっくり話す。
- 例:「私は、音楽が好きです。私の母も音楽が好きです。」 → 「(息を吸い、えいっ!と下腹部に力を入れ、息をフ〜っとゆっくり吐きながら)フ→ わ〜〜た〜〜し〜は(ブレス。リピート)お〜〜ん〜〜が〜く〜が(ブレス。リピート)す〜〜き〜〜で〜す(ブレス。リピート)わ〜〜た〜〜し〜の(ブレス。リピート)は〜〜は〜〜も(ブレス。リピート)お〜〜ん〜〜が〜く〜が(ブレス。リピート)す〜〜き〜〜で〜す」
- 上記の様な発音・声練習を、50音や本をテキストに毎日数十分繰り返す(句読点などをブレスの目安にするといい)。@発音練習(例:さ〜かな、り〜んご等)、A朗読練習(例:す〜ぎたるは な〜お お〜よばざるが ご〜とし)、B会話練習(例:あ〜なたの な〜まえは な〜んですか? 注:朗読のようにならないこと)、C長文練習、D短音練習(例:五十音,あ〜いう、い〜うえ、う〜えお、え〜おあ、お〜あい)、E電話や挨拶など実地練習の順番で練習を繰り返す。電話練習は最初は録音機器にとりながら練習する。早口であることが分るので、ゆっくり話せるようになるまで録音機器を使う。途中で止めない事が大事である。日常会話でも、上記のような呼吸・発声練習の基本を踏まえて話すようにする。その際、下腹部に意識しなくても常に力が入っているようにしなければならない。傍から聞いたらおかしな喋り方と映るかもしれない。だが、吃音が出てしどろもどろになることに比べたら遥かに良いだろう。
- 例:「私は、音楽が好きです。私の母も音楽が好きです。」 → 「(息を吸い、えいっ!と下腹部に力を入れ、息をフ〜っとゆっくり吐きながら)フ→ わ〜〜た〜〜し〜は(ブレス。リピート)お〜〜ん〜〜が〜く〜が(ブレス。リピート)す〜〜き〜〜で〜す(ブレス。リピート)わ〜〜た〜〜し〜の(ブレス。リピート)は〜〜は〜〜も(ブレス。リピート)お〜〜ん〜〜が〜く〜が(ブレス。リピート)す〜〜き〜〜で〜す」
- 4. 息継ぎを忘れない。また、息を吐き、気流を流すことも忘れない。
- 吃音者は息継ぎせず、一気に話すことが多い。早く話を終わらせたいからだが、合間、合間に息継ぎをすることを忘れてはいけない。また、人は酷く驚いたり緊張すると吸息反射という反射が起こり、吸い込んだ息を溜めこんだままになってしまう。吃音者にも似たことが起こる。そうなったら一旦話しを中断し、フィードバックして自分の身体や精神の状態を客観視して、精神を落ち着かせ、息を吐き出しやすい環境にしてから再び話すようにする。
- 5. 早口を改める。
- 吃音者はどもるのが嫌だから、話を早く終わらせようと早口になる傾向がある。それは吃音の矯正にとってマイナスだ。一度、自分の喋りを音響機器に録音し、確かめてみることは大事だ(近年はビデオ撮影も有効とされている。身体の状態なども客観視できるからだ)。いかに早口か、逆に、上記の第一語を伸ばしたゆっくりした喋り方が、そんなにゆっくりではないことに気が付く。(聴覚フィードバック系の機能不全の早口言語症は原因や治療法が分っており、吃音症とは異なる)。
- 6. それらを踏まえた発声練習を欠かさない。
- 7. カミングアウト
- 最終的には、勇気のいる事だが、第一番目で触れた、職場や学校の友人に自分が吃音で深刻に悩んでいることを打ち明けてみる。悩んでいるのは、本人の一人相撲だと気づくことが多く、心理的な安定を得られるであろう。
- 8. 研究者は海外の最新の研究成果を知る事は大事である。が、当事者は学者にならなくても必ずしも良い。
- 呼吸法や発声法など、吃音矯正の基本を踏まえ治療を受けることは大事でも、ただ知識を増やし学者にならなくても必ずしもよい。戦後間もなく吃音を治そうと海外に留学までして治せなかった人もいる。インターネットで海外の最新の情報を比較的容易に入手できるようになり、それらを取り入れるのは非常に大事である。が、机上の通り一遍の知識だけでは、中々吃音は改善しにくい。
治療の問題点
日本における吃音治療の最大の問題は、長い間、医療と手が切られてきたことである。ゆえに、吃音の医学的治療や研究はなかなか進んでいない。
治療法の一つに、上節で触れた様な矯正法を含めた言語療法などがあるが、必ずしも全員がこれで完治するとはいえず、吃音を寛解することは可能でも、全ての吃音者を完治させるに至る統一的治療法は確立されていないと言わざるを得ないのが現状である。なぜなら丁度、「頭痛」や「めまい」と似て、これらの症状の原因は多種多様で、その治療法も色々ある様に、吃音も症状であり、吃症状の原因や性質は色々であり、従って治療方法も吃症状によって様々なものがあると考えられるからである。近年は「吃音は脳機能障害」という脳科学的研究が進み、それらによると吃音の要因は脳内神経の3つの回路と2つの神経レベルの機能不全に分けられ、吃音の種類や性質に合わせた抑制訓練を検討することが具体的であるとされる。
また、ある時期まで、吃音は、精神的な緊張に起因するという認識が広まり、成人の吃音治療には無力な心理療法が重視されたり(全ての成人吃音者に心理療法が無効というわけではない。神経症や不安や欝症状が強いケースは、心理療法や薬物療法による治療が言語治療などと併せて必要な場合もある)、吃音の軽症化に成功した一部重度吃音者の経験を基にした発声訓練や講談による治療が推奨されてきた為、間違った方向に吃音治療が進んだことは既に触れた通りである。
しかし、2000年前後から米国などで吃音は複雑な要因や問題が輻輳しているので、単一の理論や治療法で処置できるものではなく、複数の治療法を組み合わせた「complihensive(包括的)治療」や「holistic(全身的)療法」、「Integrated Approach(統合的)アプローチ)が提唱され、また、吃音に伴う症状を治療することにより間接的に吃音治療に繋がる場合があるという考えが提唱され始めている。しかし、日本では、一部を除き、耳鼻咽喉科などでSTによる言語訓練を受けた時にしか健康保険治療が認められていない現状では、スタートさえできないのが現実である。
吃音の再発
吃音症は、再発し易い疾病である。海外の研究では、6ヶ月〜2年の古典的言語療法に依る治療で、本人が満足に至るまで吃音抑制したケースと、社会生活に支障を来たさないまで抑制したケースを合わせた吃音抑制率は約70%とされている。しかし、1年後の追跡調査では、その中約40%の吃音者が再発していた。その理由の一つは、脳の神経細胞のシナプス接続の仕組みが吃音の条件反射を引き起こすメカニズムであるとされているが、治療開始前の吃音者の脳に形成された条件反射の神経回路が完全に消去されていないからであると考えられている。したがって、再発を抑制するためには、古い神経回路を消去し、条件反応の回路を書き換え、新しい発語に関わる神経回路を生成しなければならないとされる。即ち、新しい条件付けを形成し、脳の言語中枢に正しい発語法を上書きしていくのである。またこれは、6〜8名によるロールプレイによる行動療法、脱感作療法、抑制法、修正法、聴覚言語療法などを組み合わせた総合的な吃音抑制訓練で可能とされる。これには長い訓練が必要とされ、一旦治ったと思っても訓練を続けなければならない。また、治療期間中に訓練を休止することもマイナスである。半年間の訓練で、ある場面や言葉でどもらなくなっても、新しい発語法の習得には、更に3ヶ月間の訓練が必要とされる。
Einer BobergとDeborah Kullyは、吃音治療プログラム終了後に吃音が再発する理由として、@成人吃音者は新しい話し方の心構えや行動に合わせることが難しい、A自己評価が低下している、B吃音は周期的に起こる(注:ドーパミン過多症状を示唆している)、C生活で時々、ストレスの多いことがある、D習得した流暢性技法を絶えず心がけ、注意を向けることは、始めの数週間〜数か月間は可能だが、流暢性技法が自動的で習慣的にならなくなると、流暢性技法の監視を投げ出してしまう、E ある種の吃音者は、まだ解っていない神経学的な原因がある可能性があり、このような吃音者は従来の治療プログラムでは吃音を克服することはできない、ことが考えうるとしている。
ただ、海外では、古典的な言語療法だけに依らない、最高レベルのコンプリヘンシブ治療を受けた場合の1〜2年後の治癒率は、克服した人と満足できる状態にあった人を合わせて75%(自己回答だと80%)とされ、追跡調査でも再発は殆どしていないとするレポートがあることは上節の海外の治療研究事例で既に触れた通りである。
専門の医師と言語聴覚士の不足
吃音症の治療を専門的に行っている医療機関や医師、言語聴覚士は残念ながら非常に少数である。 その原因は、
- 吃音は日本では医療体系に含まれていなかった。
- 吃音者が吃音を命がけで隠そうとし、吃音治療で受診することが少なく、吃音が認知されていない。
- 吃音症は“治さない”“治らない”“治せない”と宣言した一部団体があり(今は変わって来ている)、そう信じられてしまった時代があった。
- ST養成課程におけるカリキュラムに吃音関係が2%しかない。
- 吃音の一部は原因が分かってきているが、その他の吃音ははっきりせず、全吃音者を完治させる統一的な治療法が確立されていない。
- それゆえ、一部の吃音を除き原因のよく分からない病気(障害)を研究するのは浪費と考え、医師が吃音研究に関心を持たない。
- 病院の外来は午後3時頃には受付を終えてしまい、土日は休診の所が多いため、社会人の吃音者は受診しにくい。
- 医療機関で吃音治療が受けられることや、どの診療科を受診すればいいか、吃音者にも、医療関係者にも知られておらず、吃音は“忘れられている”。
- 吃音は治りにくいと思われているので、言語聴覚士が敬遠している。
- 吃音は言語訓練が主なため診療報酬点数が低く、医療機関はSTの業務でも高い診療報酬点数が得られる脳卒中などの患者を優先する傾向がある。
ことなどが考えられる。近年、STへの吃音の講演会が行われてきているものの、まだまだ不十分である。言語聴覚士の治療を受けて完治するとは限らないが、吃音が改善されたという報告例はある。吃音の矯正方法が確立されにくいのは、上記で触れたように吃音者にとっては、吃音は死ぬほど恥ずかしいことであり、命がけで隠すからであるといわれる。それゆえ、社会、医学的認知度が高まらず、治療に向けての研究が遅々として進まない面は否定できない。
治療のあり方と今後の方向性
吃音治療による治癒率は、海外の文献によると吃音者の約1/3はほぼ満足できる程度に吃音の抑制できており、1/3は日常生活に支障のない程度に改善し、1/3は改善は困難であったというデータが大半である(NPO法人吃音協会HPより)。これらの治療期間は短い場合で6か月、長い場合で2年という例がある。尚、これらの治療法は大部分が言語療法、聴覚療法(DAF、FAFなど)、心理療法などの単一の治療法を用いた場合の結果であって、その治療法が治療を受けた吃音者の吃音の種類や性質に合っていない場合も考えられるので、2000年前後から提唱され始めた「complihensive(包括的)治療」や「holistic(全身的)療法」の場合ではもっと治癒率が向上するものと考えられる。今までの吃音治療に関する研究は治療法の有効性に焦点が当てられ、吃音者一人一人の実態合った治療法は何であるか、何が有効かという視点からの研究は皆無である。このような研究はcomprehensive治療やHolistic治療による研究で、今後明らかになることだと考えられている。耳鼻咽喉科などでしか健康保険治療が認められていないことが、各科が連携し複数の治療法を取り入れた総合的吃音治療の展望を難しくさせている。なお、統合的治療の中にはまだ、近年の脳科学的知見は取り入れられていないが、 21世紀はバイオと脳科学の時代であり脳科学的成果を取り入れた新しい治療法がきっと確立されるであろう。
また、吃音を極度に恥ずかしいと思う「もの言わぬ吃音者」と、吃音を比較的恥ずかしいと思わない吃音者がおり、後者は吃音自助グループなどに参加したりするが、前者の「もの言わぬ吃音者」は鬱(うつ)や神経症などの傾向が強く、積極的になれない傾向があり、自助グループなどには参加しないか、できないようである。「もの言わぬ吃音者」にとっては、人前でのスピーチ訓練などは過酷なことであり、彼らへの治療方法が大きな課題となっている。
吃音者が具体的にできること
この状況で吃音者にまずできることは、
- 吃音の原因(きっかけ)が思い当たる場合は、その疾病や外傷に関係する診療科目に相談する。
- 例、頭部打撲、意識喪失で倒れた、てんかん発作を起こした時は神経内科。また、事件や事故にあい心理的に強いショックを受けた時、精神神経科または心の健康(相談)センターなどに相談する。
- 吃音の原因が分からない場合は、吃音に伴った症状に関係する診療科目に相談する。
- どもっている時、強度の不安や緊張がある場合、または呼吸が苦しくなる場合などは精神神経科、また話す時に頭が真っ白になったり、話す言葉が消えてしまう、または話す言葉が頭に浮かんでこないなどは神経内科などに相談する。
海外の研究などでは、吃音は症候群であり、この症状を起こす原因(要因は)色々あって、治療法も色々あると考えられて来ている。したがって「吃音」も包括的(comprehensive)または、全身的(または全人的:holistic)な治療法が必要であると考えられる。
このようなことから、先ず病院にいって相談することが大事である。その時に吃音といわず、吃音に伴う症状の治療を受けることは今の健康保険を使っても可能であり、吃音に伴う症状を治療することが間接的に吃音治療に繋がる場合もあるので、吃音の傷病名で健康保険を使った診療を受けられるようにして行くことは大事であるが、吃音者が病院に行くことによって、医師は少しずつ吃音の実態に触れ、勉強することになり、診療をしてくれる医師も増えてくる。
例えば、筑波大学付属病院の精神神経科、筑波記念病院(総合病院)の内科は、健康保険を使って吃音の診療を受けることができる。吃音者自身が地元の役所が行っている、医療福祉に関する相談窓口や健康相談センター、心の健康相談センターなどに出向き、「健康保険を使って吃音の治療を受けたいが、どこの病院がいいか紹介してほしい」と尋ねて見ることは、医療関係事務担当者に、吃音が健康保険適用の疾病であるにも拘わらず、健康保険適用で受診可能な診療科や病院が限られていることなど、問題を提起することになり、その矛盾に気付いてもらう良い機会になる。なお、このような機関は全国的な連絡協議会を持っており、吃音の問題が各地で話題になっていることが知れ渡れば、行政機関としてもその対策を検討するようになって来るであろうと考えられる。
また、日本での吃音治療の歴史のなかで、医療による治療が長期間否定されて来たことは吃音者に不利益を与える結果になった。疾病名としての吃音(ICD10F98.5)は情緒障害の一種であり、精神神経科の対象として、狭い意味の吃音を対象にしているが、最近、米国での吃音治療理論として提唱されている「Comprehensive Stuttering Therapy(包括的な吃音治療)」では、複数の治療原理(言語療法、心理療法、感覚療法など)を総合的に行う必要があるとされている。こう考えると、今の日本の健康保険診療の対象が疾病に限っており、症状(例えば「めまい」「痺れ」「頭痛」など)での診療を受けることができない問題に行き当たる。これらを打開するためにも、吃音者が自分の吃音のタイプを知り、医療関係機関に出向き、吃音に関する問題を提起し、多くの人に知ってもらうことは、医者に吃音の治療法を研究してもらい、上記の矛盾をどうしたらいいか考えてもらう機会にもなる。そして、吃音の新しい診療体系(症状別による総合的な治療)のあり方を作っていくきっかけになるであろう。
他の言語障害との混同
近年、明らかに吃音症と言えないものも吃音といっている場合がみられる。吃様の言語症状を伴う疾病、例えば、声帯の痙攣を伴う麻痺性発声障害や、声帯の麻痺による麻痺性言語障害などの痙攣性発声障害、聴覚フィードバック系の機能不全(早口言語症など)などは、それぞれ原因が特定され、治療法も分かっているものもあるので、吃音とは区別して治療を行う必要がある。
また、不慮の事故などによる脳挫傷や、脳卒中など、脳に損傷が生じた際の後遺症である言語障害は失語症や構音障害に分類される。
更に、大辞泉で吃音を引くと「発声器官に痙攣が起こり・・・」と、痙攣性発声障害などと混同している節が伺われる。広辞苑も吃音を「発語筋肉・横隔膜筋・声帯などの発作的痙攣による。原因は諸説あるが、不安・緊張など心理的要素が強く・・・」と信憑性がやや疑われる説明をしている。メディアには、少しでも正確な情報を発信するように働きかけていくことが大事であろう。
●薬への期待と副作用
- ジプレキサはアメリカの実験で一部吃音者の吃音を軽減させる効果が認められた。
- β遮断薬(ミケラン、アルマール、インデラルなど)は、結婚式の挨拶など特定の場面で、動悸や震えなどの身体症状や強い緊張を伴う一部の吃音症には、ベンゾジアゼピン系抗不安薬との併用で、緩和することがある。
- SSRIやゼンゾジアゼピン系の抗不安薬も一部の吃音を緩解させる効果があるとされる。
- SSRIは吃音による過去の不快な情動を消す効果があるとされ、半年以上の長期服用で効果が表れるとされる。ゼンゾジアゼピン系抗不安薬も交感神経過緊張を寛解し、吃音を軽症化させる効果があるとされる。また、特定の場面で強い緊張が表れる吃音者に処方する「β遮断薬+ベンゾジアゼピン系抗不安薬」との併用例と異なり、電車に乗るときなど常に不安感を伴う吃音者にはSSRI(フルボキサミン)のみ、若しくは「SSRI+ゼンゾジアゼピン系抗不安薬」を併せて処方すると、一部吃音症の寛解に効果があるとされる。
- ただし、筋弛緩作用の強いベンゾジアゼピン系抗不安薬では効果が上げられているとされているものの、抗不安作用は強いが筋弛緩作用の弱いベンゾジアゼピン系抗不安薬は却って吃音症を一時的にせよ重症化させる傾向性が見られるとする報告例がある。また、筋弛緩作用が強いflunitrazepam、筋弛緩作用が弱いflutoprazepamも一時的ながら吃音症を重症化させることが多いとされる。更に、ベンゾジアゼピン系抗不安薬に慣れていない吃音者では作用の弱いベンゾジアゼピン系薬物に依っても却って吃音の重症化が起こり得るとされ、ベンゾジアゼピン系薬物の服用に慣れていない吃音者(とくに女性の吃音者)には作用が弱いベンゾジアゼピン系薬物から始めるべきとする報告例もある。
- この様に吃音症の薬物治療については試行錯誤の段階であり、分かっていないことも多く、効果も未知数である。吃音者の多くがどのような薬種を服用しているのかのデータすらない。今後の研究が待れる所である。抗不安薬等の服用で不安感や吃音予期不安が軽減されれば、多勢の前の演説などで吃音が出る頻度が減る人はいる。だが、根本的な治療とは異なり、言語療法、認知療法などの心理療法、聴覚療法など単一療法の一つである。心理療法は吃音そのものを矯正するものではなく、心理的不安を軽減することによって吃音予期不安を緩和したり、吃音を受容し吃音と上手く付き合えるようにしていこう等とするものである。これからは吃音者一人一人の実態に即し、複数の治療法を組み合わせるなどした包括的治療や総合的治療、全身的治療が重要になってくる。
●吃音者間の治療観の相違
吃音者内で吃音に対する考え方の違いから対立が起こることがある。 それらは、相手の考えや症状を尊重しないで、一方的に自己の主張を押し付けることによって生じることが多い。 現時点では、吃音に正解はない、ということを吃音者自身が自覚することが大切であろう。
大きく分けて、
- 「吃音を治したい」とする考えと、「吃音は治さないで受け入れるべきだ」という考えがあり、両者に相違がある。
- 「吃音を恥ずかしいと思う吃音者」と、「吃音を比較的恥ずかしいと思わない吃音者」がいる。後者は吃音自助グループなどに参加したりする。前者の「もの言わぬ吃音者」は鬱(うつ)や神経症の傾向が強く、積極的になれない傾向があり、自助グループなどには参加しない、できない傾向がある。「もの言わぬ吃音者」は人前でスピーチしたりするのを酷なことと感じる。
- 「吃音は努力すれば良くなる」とする主張と、「努力では良くならない」とする主張ある。前者の中には吃音を克服するために、あえて言葉を話す職業に就く人もいる。後者の中には、なるべく話さない職業に就く人がいる。これは努力をするかしないかではなく、その人の性格や考え方の違いである。しかし、時として前者には努力万能主義を信じて他人に努力を強要する根性論が見受けられる場合がある。因みに、喋る仕事に就いている小倉智昭氏や西部邁氏らは、まだ、吃音は治っていないとカミングアウトしている。
- 吃音が治った人がいても、それはその人が治っただけで万人に有効な手段とはいえない。成功者は自分が成功したからと、他人に自分の考えを押し付けて説教をする傾向が見受けられる。また、吃音矯正所を開設してしまったり、カウンセリングの知識がないのにカウンセリングをしてしまう者もいる。
- 「症状が軽い者」と、「症状が重い者」の間で対立が起こることがある。症状が軽い者の中には、大して気にしていない者もいる。症状が重い方は重大に感じる。これは症状が軽度の者が、重度の者の症状が分からず、自分の症状だけで吃音について判断してしまうことなどに起因する対立である。
- プラス思考者とマイナス思考者間での対立がある。プラス思考者は吃音でも気にしないでやっていこうと考える。マイナス思考者は吃音があるから出来ないと考える。ここでもプラス思考者がマイナス思考者に考えを押し付ける(説教する)傾向があるが、マイナス思考に陥ったのはそれなりの理由がある。その理由を分ろうとはせず、考えを一方的に押し付けることで対立が生じる。
吃音者によって、吃音の症状の軽重も、悩みの深刻さも様々である。
●関連項目


